No.86 桜から学ぶ気候変動 『止まらない温暖化』
記:中日新聞/飯尾歩、中日新聞 古知野専売所 (有)吉田新聞舗
桜はすごいと思います。明らかに人知を凌駕しています。
桜の開花予想は、暖冬の余波で二転、三転しましたが、終わってみれば例年通り。桜祭りの関係者の皆さんは、さぞかし胸をなで下ろしたことでしょう。
それにしても桜はえらい。三月下旬から、ヨーロッパへの取材旅行に行ってきました。ベルギーとオランダです。
当初の開花予想では、ちょうど、欧州滞在中にソメイヨシノが満開になるはずでした。ベルリンの国会議事堂近くで見つけた桜の前にたたずみながら、これが今年のお花見なんだと、ため息をついたりしたものでした。異国で出会う桜はそれなりに懐かしく、美しいものではあったのですが。
ところが、その三月下旬に日本を花冷えの寒波が襲い、一度は開き始めた桜が少し足踏みをする形になったのは、ご存じの通りです(実は僕は実感としては知りません)。
四月一日に東京が満開宣言したあとも花は咲き続け、ちょうど僕が帰国後最初の日曜日に当たる八日まで、最高に美しいその姿を持ちこたえてくれたのでした。
そして先日、国連・気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第二作業部会が、第四次リポートを公表しました。
もはや気候変動の影響は全世界に及んでおり、このまま進んで平均気温が1990年レベルより2~3度上昇すると、世界中で経済的な損失が増大し、数億人が水不足に悩み、生物種の30%が絶滅の危機に追い込まれるとのショッキングな内容です。
つまり、人間が自らの繁栄だけを追求するあまり、自然を破壊し、水や空気を汚し、ごみを捨て、資源を浪費し……。そうやって、自然のサイクルを破壊してしまった挙げ句の気候変動で、その影響は当然といえば当然、人間自身の頭上に降り注いできたのが、温暖化というものです」。
人間がこれでもか、これでもかと自然のサイクルをねじ曲げ、ゆがめてしまっても、自然は桜は必死になって自らと周囲を調整し、咲くべき時にちゃんと咲いてくれるのです。
その気高さ、けなげさは到底、人間がよって立つ、科学の比ではありません。
短い間とはいえ、海外から帰国して満開の桜、しかもあきらめていた桜を目にした時のうれしさは、今も忘れられません。この国の一番美しい姿、来春を待つには一年は長すぎるもの
ですから。
ありのままにうつろう四季の大切さ、変わらない風景の大切さ、そして、それをゆがめてしまって、その愚に気づかぬ人間の恐ろしさを、あらためて感じたものでした。
なぜなら、報告書の内容を最終的に決める会議で、例えば京都議定書に反対の立場を貫くあのアメリカは、この期に及んで、温暖化の進展で「北米が大きな経済的打撃を受ける」という文言の削除を迫ったというのですから。散り際を知らぬ愚かさと言うしかありません。
さて、わが桜の国・日本。来年から始まる京都議定書の約束順守。1990年比6%の二酸化炭素削減に、戦前からギブアップの様相です。商業・サービスの「業務部門」(コンビニなどがここに含まれます)、そして「一般家庭部門」で削減効果が挙がっていない現状が、足かせになっています。
今年の桜、そして江南を代表する藤を、来年からもずっと咲くべき時に見たいと思ったら
。「一般家庭部門」で今日から何かを始めてみませんか。例えばむだな電気を一つ消すとか。近くのスーパーまで車を使わず、歩くとか……。










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