3月号 人生経験が左右する「唯識」
語り手:薬師寺副住職 山田法胤さん
――法相宗についてさらにうかがいます。法相宗の唯識はどういう考え方をする教義なのですか。
山田 ウソとホントという話をしましょう。人は実は心の影をホントと思って生きているのです。子供のころは大切と思っていたことが、大人になるとどうしてこんなことが・・・と不思議に思うことがありますよね。これはその時の心の影が世界の見方をつくっているせいです。小さなころに認識したことがその人の見方、考え方をつくってしまうのです。
――もう少し具体的な例があれば分かりやすいのですが。
山田 いい例え話があります。20度、30度、40度の水をバケツにそれぞれ入れ、20度の水に左手、40度のものに右手をつけ、5分ほどそうしています。そして、両手を30度の水に入れるのです。そしたら、30度という温度について、左手は温度が高くなったわけですから温かく感じ、反対に右手は低くなって冷たいと感じるわけです。
――同じ水でも経験によって感じ方が違ってくるのですね。
山田 同じ水に入れてどうなっているのかと思いますが、ちょうどこの例のように、人生の経験がその人を幸せと感じさせたり、不幸と感じさせたりするものなのです。幸せなのも不幸なのもウソで、その人の心の影が影響しているわけです。食べ物にしてもその人の経験によっておいしいと思ったり、まずいと思ったりしているのです。唯識の教えではそう考えるのです。
――なるほどよく分かりました。
山田 経験に左右される価値観について最近はこんなことをよく思います。今の子はハンバーグなどばかりを食べ、料理人がいい和食を作っても味が分からないようです。職人が一生懸命作ったものの価値が分からないのです。薬師寺では「四つ腕」という器があり、それに漬物やおかゆを入れて食べています。中の料理は粗末ですが、この器は高価なものです。反対に家庭では料理は高価ですが、トレーなどに盛って使い捨てることが多いでしょう。しかし、古来の器を使う方がそれを作る職人が育ち、日本文化のためにいいのではないでしょうか。
――確かに、職人が丹精して作ったものの価値が分からないようになってきているようですね。
山田 薬師寺再建の棟梁だった宮大工の西岡常一さんが、建造物の善し悪しは施主の心意気で決まると話していました。施主が大工の腕を引き出す教養のある文化人でなければならないということです。
(聞き手 岩口利一)
やまだ・ほういん
昭和15年生まれ。31年、薬師寺に入山し、39年、龍谷大文学部仏教学科を卒業。平成10年、執事長、15年から副住職。喜光寺住職。著書に「薬師寺」「仏陀の風景」など。










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