vol.88 豆にこだわり続けて40年の喫茶店
語り手:珈琲 琥珀 経営 大池 信さん(59)
マチ子「お婆ちゃん、アルバイトがしたいんだけど、どっかないかなぁ?」
婆 「どんな仕事がやりたいの?」
マチ子「居酒屋さんとか、喫茶店とか、楽しそうでいいかなぁ」
婆 「喫茶店も楽しいばっかじゃないかもしれんよ。お金をいただくってのは、そう甘いもんじゃないんだわ。いい勉強になるで、いっぺんお話を聞きにいってみよみゃーかね。知り合いに琥珀って喫茶店があるから、エリちゃん、はよ、まわししや~」
マチ子「なぜこの道に入られたのですか?」
大池 「父が早くに亡くなり、高校時代にこの駅前開発の立ち退きの話が来て、なんとか、商売をやってこの土地の権利を継続したいと思って喫茶店を始めることにしたんだよ。高校に行きながら一宮の喫茶店にアルバイトに行って勉強したんだよ」
マチ子「私と同じ年の時には、もぅ将来の仕事を決めて勉強されてたんですね。立派ですね。私は、まだ将来のこと全く決まってないなぁ・・・」
大池 「私は、長男だったもんで、家を支えていかないかんでね。母親と一緒に、昭和三十九年に琥珀という喫茶店をオープンしたんだよ。当時コーヒーは一杯80円だったかな。うちは、当時から今もだけど、豆にこだわり、自家焙煎だから、香り、味、コクがあって味には自信があるよ」
婆 「わしも、ここのコーヒーの大ファンなんだわ。どえりゃーおいしいんだわ」
大池 「スタートからバブルの頃までは、ものすごく景気がよくて、カウンターには、バーテンが2人、ウエイトレスが4~5人いたんだよ。朝八時から夜十一時まで営業しとったもんだ。当時は江南駅降りて、バスが来るまでの待ち時間に入ってくれたりで、夜遅くまでお客様がみえたんだわ。今は、携帯で連絡してお迎えの車が来るから、そういうお客様も減ってまった」
マチ子「時代の流れですね。楽しかった思い出はありますか」
大池 「いろいろなお客様と出会えて、たくさんの人脈ができたことが宝かな。特に私はゴルフが趣味だから、ゴルフ仲間がたくさんできてうれしいよ」
マチ子「辛かったことは、なんですか」
大池 「昔は、ものすごく忙しくて朝から晩まで立ちっぱなしで、体力勝負だったよ。私は、おかげさまで体力があったからやってこれたけど、きつかったなぁ。でも、やめたいと思ったことは、いっぺんもなかったよ。バブルを境に喫茶店も増えたし、客数も減ってまったのは、寂しいかな。モーニング競争も激しいし、なかなか、この業界も生き残りは厳しいよ。最近、また喫茶店が減ってきたかなぁ」
婆 「ほんとだなも。尾張地方は、モーニング激戦区らしいで儲け薄いなも。モーニングのいいとこにお客さんは行ってまうでなも。よその県に行くと、コーヒーと豆だけしか出てこんで、逆にあれって思ってまうけど、それが普通らしいなも」
大池 「うちは、パンと卵だけだけど、コーヒーの品質と味にはこだわっとるで、いっぺん味わってみてほしいなぁ。違いがわかってもらえると思うから」
マチ子「夢はありますか?」
大池 「大きな夢はないけど、子供たちも別の道に行ってまったから、この店も私の代で終わるかもしれん。ちょっと残念だけど、これも時代の流れには逆らえんでなぁ。ここまでやってこれたのも、妻の協力のおかげだもんで、なかなか口に出しては言えんけど、ほんとに感謝しとるよ。ありがとう。定年がないからよかったなぁ。ずっと健康な限り、夫婦で仲良くこの店を続けていきたいし、お客様と楽しい会話、楽しい時間を作っていけたら幸せだなぁ。これからも末長く、琥珀をかわいがってください。あっ、もうひとつ、できたら死ぬまでにいっぺんでいいからホールインワンを実現できたらいいな(笑)」










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