vol.86 一国一城の夢を築いて三十年の人生
語り手:食事処 喜八 鈴村 喜八さん(56)
エリ「お婆ちゃん、今日、私の誕生日なんですけど・・・」
婆 「えぇ!!あっ忘れとったわ。最近、ボケてきたかのぉ。すまなんだなも。どうしよう、プレゼントないんだわ。どっかご飯でも食べに行こかね?何、食べや~す?」
エリ「なんにしよっかなぁ~。そうだ!久しぶりに、とんかつ食べたいなぁ」
婆 「よしよし、とんかつと言えば、喜八さんと決まっとる。ほんなら今から行ってみよみゃ~か、エリちゃん、はよ、まわししや~」
エリ「なぜ飲食店をやろうと思われたんですか?」
喜八「小さいころから、どんな小さい店でもいいから一国一城の主になるのが夢で、中学を卒業と同時に、土岐市の料理店に修行に入ったんだよ」
エリ「そこでの修行はいかがでしたか?」
喜八「そりゃ、辛かったよ。そこは、結婚式場の料理もやってたもんで、結婚シーズンになると、徹夜が続いたりしたんだよ。おまけに、朝は5時からうなぎを焼く炭を割って釜に入れる作業をしててね、同じ年代の人たちが楽しそうに通勤通学をしてるのを見ると、羨ましく思ったもんだよ」
エリ「私の年齢の時には、もぅ働いてみえたんですね。大変なのわかります。私には絶対無理だなぁ。どのくらい続いたんですか?」
喜八「5年だよ。二十歳になった時に、静岡の清水で中華料理屋をやってる叔父からうちに来ないかと言われたもんで。当時ラーメン一杯百四十円の時代に大きな工場からライトバン2~3台分の注文をいただいたりして、大繁盛してた。しかし出前が多くて大変だったなぁ。この頃に、お酒とパチンコを少し覚えちゃった。借金もなかったけど、貯金もほとんどなかったなぁ(笑)」
エリ「このお店にはどのくらいみえたんですか?」
喜八「2年だよ。次は、兄が一宮のとんかつ屋(豊國)にいたもんでそこへ勉強に行ったんだよ。センイ団地に新店舗ができたので、そこの店長として頑張ったんだわ。やっと二十八歳の時に念願の自分のお店『喜八』(とんかつ屋)を木賀本郷町にオープンできたんだよ」
婆 「長年の夢がかなってよかったなも。そういや~わし、センイ団地の豊國がオープンしたころに行ったことあるわ。懐かしいなも。それで、自分のお店の調子はどうだったきゃ?」
喜八「開店当初は繁盛してて、遠くからの出前の注文もあったもんで、あんまり忙しかったもんで体調崩してまったんだわ。それからは、出前はやめにしたんだよ」
エリ「どんなメニューがあるんですか?」
喜八「当初は、とんかつだけだったんだけど、お酒を出すようになったら、お客様の要望でさしみや焼き魚その他いろいろ、今では、和洋中なんでもありって感じだよ。おかげさまで若い頃に、いろいろお店で勉強してたから、魚もさばけるし、、なんでもできるよ」
婆 「やっぱり若い頃の苦労はするもんだなも。人生ひとつも無駄はないのぉ。エリちゃんも、楽ばっかしとっていかんよ。昔から、『若いときの苦労は買ってでもせよ』と言うでなも。ところで喜八という名前はどうしてつけや~たの?」
喜八「喜八は、わたしの名前からとったんだよ」
婆 「ほぉ、ご自分のお名前だったんだなも。ええ名前だなも。確か、あの有名なレストランのキハチの社長もご自分の名前(熊谷喜八)からつけられたそうな。子供の頃は、この名前が好きじゃなかったけど、この名前を世界的に有名にしてみようと思って付けたとか。ところで、楽しいことあったら教えてちょう」
喜八「趣味は、パチンコなんだけど、夫婦の共通の趣味はゴルフだよ。月に一回くらいコースに出かけるのが一番の楽しみだな。何よりありがたいのは、ゴルフのクラブやバッグは、お客様からいただいたものばかりで、しかも高級品なんだわ。温かいお客様ばかりでありがたいですわ。よその話を聞くと、結構お客さんとのトラブルが多いらしいけど、うちは、みなさんいいお客様ばっかりで感謝してますよ」
エリ「夢はありますか?」
喜八「とにかく、夫婦ともに健康で小さいながらもお客様を大事にして長くお店を続けていくことだな。妻には、ほんとによく支えてくれて感謝しとるし、、息子たちは二人ともそれぞれがんばってくれてる、孫もできて、今はとても幸せだなぁ。これからも喜八をよろしくお願いいたします」










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