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2006年12月11日 (月)

12月号 辛抱こそ人生の宝

語り手:薬師寺副住職  山田法胤さん

――寺での生活は厳しく逃げ出したくなることもあったのではないですか?

山田 母親に「あんたの帰るところはなく、薬師寺があんたのすべてや」と懇々と言われ、西ノ京駅は(進むか戻るかの)峠みたいに感じられました。大学を卒業したとき、師匠から父の墓参りに行くように言われ、故郷に帰らしてもらいました。そのころ高田好胤元管長が私にぴったりの歌があると言って、「山家そだちの五郎助が・・・」で始まる明治の詩人、薄田泣菫の歌を教えてくれました。1番は五郎助が町に出て20日目で、故郷への峠道までやってくるが、辛抱して戻る内容。2番は9年目で、故郷に初めて帰る歌です。私はこの歌を自分の身の上に重ねて辛抱しました。「辛抱こそ人生の宝なり」が私の語録の1つです。

――今は辛抱ということがあまり言われない世の中ですね。

山田 辛抱などいらないと言う人がいますが、どんな会社に就職しようと、辛抱することは大切です。小学校も中学校も辛抱することを教えないので、教室もざわざわとしているのではないですか。そういった話をあちこちでします。

――辛抱の生活は、あんパンを買ってもらってお母さんと別れたときから始まったのですね。

山田 だから、私がするそうした話はあんパン説法ともいいます。辛抱していなかったら今、薬師寺にいないでしょう。日本には1度就職すればそこで人生をずっと送るという伝統的な人生観があり、そうしたかたちが日本人に最も合っていると思います。私は「ビジネス8時間 仕事24時間」という題で話すことがあります。勤務時間は8時間であっても、他の時間も新聞記者なら記事の事などを考えているでしょう。そんな情熱を傾けるのが人生の仕事なのです。それに対して、ビジネスという言葉は何か冷ややかなものに感じられます。

――寺に入られたころから、僧侶として一生やっていこうという気持ちだったのですか。

山田 まずは親を悲しませたらいけないと思っていました。親が82歳まで長生きしてくれたおかげで辛抱でき、ずっと続いたのです。今、ようやく衣が身についてきたという感じで、僧が天職だと思えるようになりました。

――どんなお母さんだったのですか。

山田 父が早く亡くなったためよく働き、7人も子供を育てた人なのです。よく不労所得はいけないと言ってました。額に汗して得たものこそが大切だという考えで、気骨がある人だったと思いますね。

(聞き手 岩口利一)

やまだ・ほういん
昭和15年生まれ。31年、薬師寺に入山し、39年、龍谷大文学部仏教学科を卒業。平成10年、執事長、15年から副住職。喜光寺住職。著書に「薬師寺」「仏陀の風景」など。

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